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横浜地方裁判所川崎支部 平成元年(ワ)555号 判決

原告

飯塚和子

被告

鎌田武男

主文

一  原告の本訴請求を棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告は、原告に対し、三九四万一三一一円及びこれに対する平成二年一月一日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は、被告の負担とする。

二  被告

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は、原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  本件事故の発生

(一) 事故日時 昭和六三年一月二日午後五時頃

(二) 事故場所 静岡県小笠郡菊川町内の東名高速道路上り車線上(以下「本件事故現場」といい、右道路を「本件道路」という。)

(三) 事故車両

〈1〉 原告運転の普通乗用自動車

(群馬三三せ三七三九号・以下「原告車」という)

〈2〉 被告運転の被告所有に係る普通乗用自動車

(川崎三三き七六八六号・以下「被告車」という)

2  本件事故の態様

原告は、原告車を運転して渋滞中の本件道路を進行中、先行車が渋滞のため停車したことから、制動措置を執つて本件事故現場において原告車を停車させたところ、その直後を被告車で運転進行中の被告が、自車前部を原告車後部に追突させた。

3  被告の責任

本件事故は、被告の前方注意義務違反により惹起されたものであるから、被告は、民法七〇九条ないし自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という)三条本文に基づき、本件事故により発生した原告の損害を填補する責任がある。

4  本件事故により、原告は、頚部捻挫・腰部挫傷の傷害を受け、左記損害を蒙つている。

(一) 治療費 一五八万五〇一〇円

原告は、右傷害の治療のため、医療法人慶友会宇沢整形外科病院(以下「宇沢外科」という。)において、昭和六三年一月一三日以降平成元年四月二二日までの間通院治療を受けた(通院実日数三三四日)。

(二) マツサージ費 四万八〇〇〇円

原告は、右傷害の治療のため、マツサージ治療師中島行雄から、平成元年四月二六日以降同年一〇月一四日までの間マツサージによる治療を受けた(通院実日数一六日)。

(三) 通院付添費 七万円

原告は、以上の治療の通院に関し、少なくとも三五日間については実父の付添が不可欠であり、一日に付二〇〇〇円の割合による付添費が認められるべきである。

(四) 休業損害 四五万円

原告は、群馬県館林市本町三丁目二番一八号に所在するスナツク「樹里」において、一日五時間・時給一二〇〇円(合計六〇〇〇円)にて稼働していたところ、本件事故により、左記のとおり休業したことにより、左記損害を蒙つた。

(休業日数) (休業損害額)

〈1〉 昭和六三年一月 二四日間 一四万四〇〇〇円

〈2〉 同年二月 二五日間 一五万円

〈3〉 同年三月 一六日間 九万六〇〇〇円

〈4〉 同年四月 一〇日間 六万円

(五) 慰藉料 一四三万円

右のとおり、原告の治療通院が長期に亘り、しかも原告には現在も首筋から肩に掛けて痛みが残り、被告において見舞にも訪れていないことから、原告を慰藉するには、右額をもつて相当とする。

(六) 弁護士費用 三五万八三〇一円

5  よつて、原告は、被告に対し、民法七〇九条ないし自賠法三条本文に基づき、三九四万一三一一円及びこれに対する履行期の経過後で本件訴訟状送達の日の翌日である平成二年一月一日以降完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する被告の認否

1  請求原因1項(本件事故の発生)及び2項(本件事故の態様)の各事実は認め、同3項の責任が被告にあることも認める。

2  同4項の事実中、原告が本件事故により原告主張の傷害を負つたことは否認し、損害の費目及びその額については争う。

三  抗弁

本件事故について、自賠責保険により、昭和六三年二月三日までに、治療費等として一四万四六三五円が支払われている。

四  抗弁に対する認否

認める

第三証拠

証拠関係は、本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

理由

一  請求原因1及び2項の各事実(本件事故の発生・本件事故の態様)については、当事者間に争いがない。

二  そこで、原告が、本件事故により、頚部捻挫・腰部挫傷の傷害を受けたか否かについて検討する。

1  本件事故時の被告車の速度及び原告に対して生じた衝撃力について

(一)  原告車を撮影した写真であることについて当事者間に争いのない乙一号証の一ないし四、被告車を撮影した写真であることについて当事者間に争いのない乙二号証の一ないし六、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙三及び四号証によれば

〈1〉 被告車は、昭和五四年式日産フエアレデイZで金属製衝撃吸収式バンパーを備え、原告車は、昭和六二年式日産セドリツクで合成樹脂製衝撃吸収式バンパーを備えているところ、両車のバンパーは、いずれも有効衝突速度が時速約八キロメートルまでの衝撃をシヨツクアブソーバーにより吸収する機能を有するものであり、有効衝突速度がこれより大きくなるに従つて、バンパーモール、バンパーフエンス、フロントバンパー本体に、傷・変形が現われること

〈2〉 本件事故後、被告車フロントバンパーに取り付けられたナンバープレートに極めて軽微な変形が生じたが、それ以外同車には損傷・変形が生じていないこと

〈3〉 本件事故後、原告車リアバンパー中央部の上部フランジに僅か波打つ程度の僅かな損傷が生じた以外、同車には何ら損傷・変形が生じていないこと

が認められるから、本件事故時の有効衝突速度が時速約八キロメートル未満であつたこと、かように衝突時の衝撃力が極めて小さいものであつたことから、被告車のフロントバンパーは、後退したものの、右バンパーは本件事故直前の状態に復元し、ナンバープレートに軽微な変形が残留し、他方、原告車のリアバンパーに若干の変形が生じたものの、大半が本件事故直前の状態に復元して同バンパー表皮に軽微な変形が残留したものと推認される。

(二)  右乙三及び四号証によれば、自動車事故原因等を工学的観点からこれまで数多く鑑定したことのある吉川泰輔は、本件事故に関して専門知識を駆使して私的鑑定を行つたが、それによれば、右認定と同様に論を進めたうえ、被告車は時速六・五キロメートルで停車中の原告車に追突し、これにより原告車は、時速三・六キロメートルに速度変化し、〇・五一G程度の平均加速度が生じたが、加速度の最大値としては平均加速度の二倍程度が考えられるので、結局一・〇二Gの加速度が本件事故の瞬間に起きたと結論付けていることが認められるが、吉川泰輔が採用した右鑑定の手法等には、特段不合理な面は窺えず、十分に信用できる。

(三)  してみると、被告車は時速六・五キロメートルで停車中の原告車に追突し、これにより原告車に最大一・〇二Gの加速度が生じたものと推認するのが合理的である。

2  原告の受傷の有無について

(一)  弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙五号証によれば

〈1〉 捻挫とは、暴力的に過度の関節運動は、或いは、その関節に不可能な運動が強制されたために、関節包や靱帯されて、しかも関節体相互の関係が正常に保たれているものと定義されているところ、捻挫は、膝関節や足関節のように一方に制限された可動性を持つ関節に起こり易く、脊椎関節や肩関節或は股関節のように自由な可動性を持つ関節には起こり難いとされていること

〈2〉 力学的に微力な衝撃加速度では、頚椎や腰椎のような多重関節に対して過度の関節運動を惹起し、このためにこれらの関節に不可能な運動が強制され、その結果として捻挫が発症することは考えられないこと

〈3〉 原告車には、ヘッドレストレイントが装着されて居り、これにより、追突事故時における頚部捻挫等の所謂鞭打ち損傷を防止する対策が講じられていること

が認められるから、時速六・五キロメートルで進行した被告車が停車中の原告車に追突し、これにより原告車に最大一・〇二Gの加速度が生じた程度では、多重関節である原告の頚椎や腰椎に捻挫が発生するということは合理的でない(自動車事故による傷害について医学的観点からこれまで数多くの症例を扱つた医師の乾道夫は、本件事故後原告の受診した宇沢外科作成の診断書、診療録、診療報酬明細書及びレントゲン検査記録、交通事故証明書、事故発生状況報告書等を参酌したうえ、吉川泰輔作成の前記私的鑑定の結果を記載した乙三号証の書面を検討し、右と同様の意見を乙五号証において述べている。)。

(二)  もつとも、証人宇沢充圭の証言、同証言により真正に成立したものと認められる甲一ないし四号証、五号証の一ないし一二の各a及びb、乙七ないし二二号証、二三号証の一及び二、二四号証の一ないし四、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲六及び七号証並びに原告の供述により真正に成立したものと認められる甲九号証によれば、原告を診察した宇沢外科の医師或いはマッサージ師中島行雄は、原告に頚部・後頭部・肩部・腰部・左下肢等の痛みや痺れ或いはめまいが存することから、これを治療すべく、昭和六三年一月一三日以降請求原因4項(一)及び(二)のとおり加療したことが認められるが

〈1〉 一般に、軽微な追突事故等の交通事故により、頚部痛等の他覚的所見が認められない傷害が発生したと訴える患者に対して治療を行う医師において、患者の心理的・心身的要因を殆ど検討することなく、漫然と右患者の不定愁訴に対する物理的・薬物的加療を続ける医師が多々存在することは当裁判所に顕著な事実であるが、このような場合、患者の右愁訴が、果たして右事故により発生したものであるか極めて疑わしく、むしろ患者の心理的・心身的要因に起因するものと認められる場合が多いこと

〈2〉 宇沢外科の医師において、特に、原告の心理的・心身的要因を留意したうえで、原告に対して医療行為を施した形跡が窺えないこと

〈3〉 右二四号証の一ないし四、証人宇沢充圭の証言及び弁論の全趣旨によれば、原告の頚椎の五番と六番の間の椎間板が狭くなつて変形し、このような変形或いは加齢現象による頚椎症性変化に起因して、原告の訴えるような症状を呈することがあることが認められることから、原告に右の如き症状が存し、その治療を受けていた事実があつても、本件のような極めて微力な衝撃加速度しか原告に加わらなかつた事故と原告の愁訴との間に因果関係を肯定することは困難であり、本件事故により、原告がその主張するような傷害を受けたということは、極めて不合理であると言わざるを得ない。

三  したがつて、原告が本件事故により原告主張の傷害を受けたことを前提とするその余の点について判断するまでもなく、原告の請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 加登屋健治)

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